わらび餅食べたい

戸塚くんが好き

美男高校地球防衛部LOVE CGLIVEという体験


序盤ちょっとマイナス意見多め


セトリバレあり




9/23 昼の部 豊洲PIT


九月に現場がなくて死んじゃう!そうだ、防衛部のCGLIVEに行こう!とチケットを取って早数ヶ月、セトリやネタバレを拾うことなく、初めて防衛部のLIVEを体験したジャニーズのオタクです。



アニメは二期の最終回までしっかり見ました。映画は観れてません。悲しすぎるからです。推しはゆもとくんと煙ちゃん先輩、お察しですね。

アニメを見た感想としては、コンビ推しがひどい。なるほど〜〜強いなってくらいのコンビ推し、他キャラは付属品だぜイェーイという姿勢に感じていて、あまり良い印象はないです(ごめんなさい)(覆ります)(お待ちください)

山本和臣くんに会いたいな、という気持ちでも、LIVEに赴かないほど、少し遠くで見ているのが防衛部への印象でした。これも、防衛部のガチャで三回連続蔵王立が出たせいだと思います。最低すぎなのでマイナス意見はここまで。


何はともあれ、防衛部は、「コンビ固定で、他メンバーとの接触はまずなし。売れる関係を推していくグループ」という印象で見てました。初めはね。



ペンライトがジャニーズより高いと拗ねて、ペンラを買わずしてドセンを取り、待機。周りがペンラを掲げ始めると、少し縮こまりました。ペンラあったほうが楽しいのは、こちらも百も承知です。

踊るのかと身構えたら普通のアイドルの打ちレベルで安心しました。でも振りが可愛くて、踊りたくなりました、狭い箱なので無理です。


セトリのネタバレも少しあります。


前説、煙ちゃん先輩。速攻で女子をメロメロにする早業に、はやくも空気に飲まれ始める。

そして一曲目、第一期のOP。まさしく伝説の始まり。そして曲割りが天才だと初めて知った。

並びは確か、立硫有煙熱……なんだけど!だけど!!!えんあつが歌いだすと、そっちを見るゆもと、隣にいるのは煙ちゃん、目が合う二人(死)興奮しすぎて「ここが天国か」と呟く始末。だってめっちゃ可愛かった、信頼の目つき……パパと娘かよ。なんか、何年も拗らせてたのが馬鹿みたいだなと思った瞬間だった。彼らは別にコンビ固定のグループじゃない、お互いがお互いを愛してる最高の5人だった。LOVE FOREVER。

それからというもの、固定コンビの絡みにもきゃぁきゃあ黄色い歓声を出し始めるわかりやすいオタク私は、生徒会を迎えるのだった。

生徒会……そう、わたしの拗らせの根源……ここを攻略しなければ、心の底から楽しめない……


あこやかわいい神最高


はい



落ちました、落ちましたよ、なんだあのかわいいのは



なんだあのかわいいのは



個人的に一番好みじゃなかった子に落ちたのが悔しいんですけど、


錦ちゃん、有馬はわかるんだ。錦ちゃんの踊りはたどたどしくてかわいいし、神谷だし。有馬もすき、ゆもととからんでほしい。


それはいいの!


あこや!!!!!、なんだお前は、!!!こんなに可愛かったのか???困る!!!このタイミングは困るぞ〜〜死んじゃう


死因ソロ曲。




ここで一度死んだのですが、有基のソロ曲の可愛さとLOVEの多さに、思わず浄化されてしまいそうになりました。小さい体でぴょこぴょこしながら、踊って歌う……しかも衣装で。あのね、足はね、しまっていいんだよ……、防衛部好き好き〜〜先輩好き〜な末っ子ソングに胸がバンバンバン撃ち抜かれました。


そして、由布院煙。強すぎ。

制服で歌う煙ちゃんは、本当にそこに「いた」んです。ファンサもしてくれました。投げキスですよ?!ピンポイントファンサかなあれ。青に染まる会場が、気怠げに歌う彼を全力サポートする姿は、涙なしには語れません。あとなんかいちいちかっこいいのやめてください。下手からファンサするのやめてください。こっちはドセンなんだぞ。


他3人についても書きたかったんですが、情報量が多いのと、ユニットの方に気持ちを入れたいのでやめときます。


続き。

は〜〜I miss you……切なささえ愛しささえ……



防衛部ユニット

まずゆも、ゆもの相棒はあんちゃん!あんちゃんは不在なので客があんちゃんです。叫べる最高のポイント。

いや〜〜しかし、可愛いんだよな、一挙手一投足最高。ステージの隅から隅まで駆け回ってファンサして、きゃっきゃしながら、あんちゃん大好き〜〜っていう空間。思わずあんちゃんを乗り移らせて「大好きだぞー!!!ユモトー!!!」と叫んでしまいます。最高のソロ演出、最強の末っ子です。おにぎりを食べたくなりました。


いおくんとりゅう

結論から言うと無理

いや、かっこいいんですよ。指差し、目線、背中合わせ。全てが神。

お互い、防衛部以外に大切なものもある。でも、お金や女には勝てない。ソロ曲でも言う「友情」の大切さ、そして友情を大切にし合う二人が歌うユニットソング、泣くしかないじゃない。優しくて強くて、お互いがお互いのことを大好きなLOVEがひしひしと伝わるようなパフォーマンス、演出に、一人の人間として死を迎えました。ありがとう。



えんあつ

きゃ〜〜無理〜〜無理でーす!

二人の関係 is さいつよ。


最年長二人だからできる指ツン、背中合わせ、目合わせ、そしてマイク交換、肩組み。シンメ厨の死


現場に大量の悲鳴に似た歓声が上がり、啜り泣く声のする。やっぱり長男次男の絡みはやばいなと改めて思いました。 俺たちはいつでも 二人で一つだった



二期のOPの頃には完全に放心状態、まだ絡みにきゃっきゃ言っては死んでました



そしてトリ

トリの話はあまりしないでおきます

理由は泣いたからです


どうしよう、涙が出てくる

この気持ちはなんだろう


これこそが 「愛」のなし得るパワー


❤️LOVE


シャワー❤️


楽しい時間は終わっても、アンコールはあるよ!


アンコールでゴリゴリの夏ソング!そして、やらなかったコンビの絡みもしっかり回収!神じゃん!!!神です。コンビ固定?はぁ??だから言ったろお互いにLOVEだって!


煙立の絡みが濃厚で無理


そして、再びの一期OP


55コンのざえびを思い出す演出に泣くオタク(エモい)

さっき言ってなかったんですけど、ここで途中わちゃわちゃするところがあるんですけど、わちゃわちゃタイムの煙ちゃん先輩の手つき、完全に有基の男なんで強いです。かれぴかよ……

CGだからこそのハートが飛び散る演出可愛すぎて是非導入してほしい。LOVE LOVE 愛してる。



アンコールの最後に持ってきたのは多分映画で歌われたやつ

卒業


全オタクガチ泣き

私もガチ泣き


涙で包まれる会場、しかし彼らは笑顔

良さしかない


五人でずっと入れたはいいけど、高校生だから卒業が来るんだね。卒業を経て、五人で入れればいいね。そんなことを思うオタクだった(落ちた)




えー、CG LIVE。技術がすごいです。タッパある3年組はマジで人でした。存在する人。

有基はね、天使。夜の部は天使演出あると思います。

プログラミングされた虚構の中の、虚像、心ではわかっていても、確かにそこに「生」を感じたのは、生きていると思える熱量が、彼らとそしてファンにあったからだと思いました。


九月の最高の現場、防衛部CG LIVEにありがとう。

LOVE浴できて幸せでした。

デストラップは楽しいぞ

デストラップ

7/13(木) 18:30〜観劇



めっちゃ面白い!

いや〜〜笑わせてもらいました、すごいな、テンポがいい。自分、めっちゃゲラでしかも先読みするんで、人とテンポ違うところで笑い始めるのが恥ずかしくてタオル当ててたんですけど、まぁ笑いました。

笑いまくってたけど、話はちゃんと残ってますし、橋本良亮くんのお顔もしっかり記憶に残ってます。すごいね、顔がね、かわいいよ。最高のセンターを欲しいままにしているようなビジュアルと、ドキドキさせてくれる演技に心臓がやばかったです。


何度も入れるほど余裕がないので、今回だけの観劇なので、アドリブの違いはあまり話せませんが、今日の舞台を観た感想を、(ネタバレ薄めで)書きます。

とりあえず、クリフォードくんが死なねぇ……、死なない、死ななすぎる。死なないと言うギャグなのか?ってところ、太陽を盗んだ男菅原文太を思い起こしました。死なないしメンタル強いし素直だし、最強の主人公かよ…と、すみません少年漫画脳です。

クリフォが死なないこと、これがまぁコメディたる所以で、最高に娯楽だったな。もちろん、周りを取り囲む人々もかなり面白かったけど、ほんと死なないの面白い、笑うところだった。


でね、橋本良亮くんのね、演技を初めて観ました。あ〜〜こりゃ一番楽しいわ、と思った。だって観てるこっちも楽しかったもん。橋本くんがどう動くか、目で追うのが面白くて、楽しくて、ずーっと観てられた。

セリフ一つ一つも聞き応えがあった。

オタクだからモーテルに反応してごめんなさい。舞台がアメリカの時点でモーテルはダメです。

ほかにもたくさんアドリブがあって、アドリブにちゃんと応対してる橋本くんを観てると、嬉しさと頼もしさでうぅ〜という思いが溢れ、それをゲラが大きく越えて行きました。ゲラてめぇ。



あとね、銃の扱い。

この歳になって英訳舞台を初めて観たんですけど、「銃」の扱い方がやっぱり本場なんだよね。もちろん、登場のさせ方もだし、そもそもの在り方。日本では、銃なんてものは特殊なシチュエーション、職場でしか出て来ない。一方、一般人も持ち、訓練すれば正確に撃てる。銃弾も正規の方法で買える。その世界においての銃の在り方は、多分日本とは違う。

銃のやりとりがある。日本が舞台で銃なんて出されてもリアリティがイマイチなくて、浮世離れ感が出る。反対に、アメリカが舞台だと、銃は逆にリアルな死を思い起こす材料だ。死ぬんだなぁ……、死のシーンなんだなぁ。妙にそういう思いが過って、そわそわしてしまうんだよ。

ただ!この舞台の面白ところは!銃の使い方が上手いのに、銃に死がのっかってこない!!!!うますぎて感激した。あそこまで引っ張っておいて!?って言う感じ、肩透かし、いい意味で。これは本当に舞台を観てもらいたいんだなぁ。

なんでここまで銃が気になったかって、完全にDefiledを拗らせてるからだよ!前に夢にハリーが出てきました。ハリー!ハリー!!あ〜……まぁこの話は前にしたのでいいとして、私は同じグループの二人が同じ年に、外部舞台で、銃に撃たれるなんて、……対照実験か…?(違

頭が悪いので心なしか比較して観てました。私はDefiledはどうも娯楽として消費できてなくて、人生において永遠に問い続けるべき問題だと感じてます。ただ〜〜デストラップはかんっぜんに娯楽でした!すご〜〜い!!!同じようなシチュエーションなのに悲壮感はなかった。滅びの美学はあったかもしれないけど、後に残る味の悪さや一生のトラウマにはならないように感じた。劇場が広いことも相まってか、わかりません。ただ、ひたすらに娯楽として消費しました。いや〜〜いい消費!



デストラップは観るべきに感じます。娯楽として消費して、とても満足しました。ん〜良い。

橋本くんの演技もとても上手だし、他の四方も非常に巧みで、観ていて楽しく、引き込まれました。今度、映画の方も観ようかな。散りばめられたミステリーも、気づいた瞬間に心で歓声が上がります。私は暗転するたびに新しいことに気づいてキャッキャしてました。

なので、とてもお勧めです。

当日券もあるそうなので、時間に余裕がある方には是非ご覧いただきたい!



あ!今日の感想です。

くまのプーさんのネタが面白すぎてやばかった。

高枝切り鋏のくだり、今日は「僕は側転だけだけどね」

乳酸菌が入ってないヨーグルトはない!(これ隠喩だと思ったんですが、触れられませんでしたね)

塚ちゃんいたんかい!?ざわめく客席に、気づけないオタクが一人……それが私でした。

おわり

Defiled

Defiled 4/27 19:00 観劇


色々考察したり感想書きます。

一つ、ハリーの目録カードへの愛に関して
これは本当に熱く語ってる。伝わる。気持ちがすごく分かるし、頷けるし、面白い。多分それは、わたしが本が好きで、歴史を知っていて、積み重ねを理解できたから。でも、本が好きでなくて、歴史に詳しくなくて、積み重ねよりも、新しく簡単なものを求めてる、ようは上に立つ人間には受け入れられなかった。
手紙のシーンでそれが深く頷けたんだよ。
目録カードに関して、「ただ廃止しないでほしい」という意見を連ねている。ブライアン曰く、社会を知らないとはそのことなんだなぁ。ハリーにとっては、今、コリーがいる狭いアパートが社会で、文句をつけたら、図書館からも追い出されて、目録カードも無くなりそうになる。本当なら、目録カードを廃止しないための案をいくつか出すだろうに、出さない。ハリーの熱い気持ちのほんの数パーセントもその手紙に篭ってない。直談判したところで無駄なんだよね。ハリーは気持ちをちゃんと伝えられなかった。
ブライアンはそれを、わかっていたんだと思う。彼はきっと、書面に書かれた理由や、愛を知りたかった。ただただ高説するハリーを見ても心が揺るがない、社会を知ってるから。
それで、夏目漱石「それから」より、ブライアンが代助で、ハリーが煤煙の男なんだと感じた。(と言っても、煤煙に対して語るシーンのみだが)

ようは、ブライアンには「愛」のなんたるかが届いていない、だから側から見ると「こんなバカなことをするのはやめろ」で「きちがい」で、「くだらない」なんだよ。彼にどんな想いがあったのか、きっと汲んだとしても伝わらない。何度も何度もすれ違いと裏切りのシーンを見せられてわかった。最初から最後まで、ハリーは頭が良くて、でもアウトプットが苦手で、話すのはうまいけど、人の心を動かすことはできない、頭の良い人間なんだ。

二、ハリーとその周辺の人間関係について
これはもうメリンダ、この女に尽きる。
ハリーは愛してた。でもこの男、愛は深いのに伝えられないんだよ。行動でも言葉でも、結婚式をしようと思ったって、そうはいかなかったのは、多分目録カードへの愛と同じ理由だと思う。
自分のテリトリーに残すために出来る限りの事はしたのに、離れていった女がいる。自分への言葉を嘘で固めている。女の気持ちなんてわからない、でも女卑してるわけではない。わかる、全部伝わる。でもね、ハリーの愛はやっぱりどうして伝わりにくいんだね。
ここら辺が演じる戸塚くんもすごい。女に絶望する演技なんて見てられなかった。どんどん理想が崩れていくの、おんなじ状況が目録カードでも起こってるから。ハリーは本当に生き辛そうだな~…とか。思う。
次は姉、姉との会話。やっぱりここもハリーはハリーなんだよ。ここで重要なのは「どっちかしかない」ってこと。ハリーはこの後ブライアンに言われて気付くだろうけど、どっちも、はない。それがわかった瞬間に「じゃあ死ぬしかないな」って思うわけだよね。ここスッキリしたなぁ。なるほど~~って感じ、そうか、だからあの行動になるのか、ってところ。
催眠術師の女、これ、誰かのツイートがブログで見たけど「ハンサムにして」って言うのは、メリンダへの後ろめたさが見えた。別れて、催眠術を受けたのはすぐか、少し後か、あ、クリスマスカードを一度開けた時、その後かな。メリンダの旦那、かっこよかったんだな。たいそうな顔と言われても、メリンダの旦那を知らないブライアンにはわからないってこと。
アパートのコリーに関しては、これもコンプレックスとか後ろめたさの表れの一つかも。コリー…コリーはスコットランド原産だからイギリスを連想させてくれる。ハリーが糾弾していた「アメリカナイズ」のものたちに対して、ハリーが認めてるものがイギリスなのが良い。
ユダヤの家系についてなんだけど、これわかる人いるのか?多少知識があってよかったとは思った。ここら辺、アメリカっぽいよね。ハリーの存在がどれだけ現実離れされてるものかの象徴的シーンだと思う。ユダヤ人は利口。要は頭が良い。ハリーのセリフでも出てきたけど、多分踏襲してるんじゃないかな。ユダヤ教かつ無神論者。実は、無神論的考えは割と最近のイメージだから、宗教観に囚われてないハリーは、目録カード、アナログへの深い愛を語ってるけど、その考え方自体は当時のアメリカには割と最新鋭だったんじゃないかな?と思う。勝手に思ってる。ユダヤのことを語ると長くなるんだけど、このシーンで「礼拝堂で母を感じる、だから行く」って言うの、ユダヤ教信者じゃなくて、息子として、って言うシーン。個人的にめちゃくちゃ痺れた。大好きなシーンの一つかもしれない。何しろ、母が読んでくれた本を、大好きな本を、命日に母を感じたいと礼拝堂で息子として祈るハリーが、爆破させようとしてるんだから。

三つ目、ラスト
それで、全てを見て改めて、ラストが好き。二度と見たくないしもう一度見たいラストだった。
ハリーが最後にテクノロジーを恨む描写、あれはもうバッドエンドの極み。自分が死ぬのは、拳銃で撃たれたせいで、本は死ななくて、目録カードはゴミの山にもってかれる。最後の最後まで、テクノロジーを恨んで、憎んで、許さずに死んだ。
結果はハリーの望み通りだったけど、ハリーはそれを目で見てない。テクノロジーは、最後まで彼の敵であることができた。
かつ、ハリーはもしかしたら自分の死を通じて「目録カードを残す」運動が生まれるかもしれないと、希望も持てる。でも、何もなくなってしまった。アヴェ・マリアがいい味を出すな。ここで、ユダヤが出てくるんだよね……マリア、聖母はキリスト教の象徴だから、決してハリーのためではないんだよ。ただ、母からの愛ではある。あ~演出がうますぎるなぁ。
ラストは本当に素晴らしかった。もちろん解釈としてハリーの気持ちが届いたってのもありだけど、やっぱりハリーはテクノロジーを恨んでいたし、結局最後には、アナログが勝つじゃないか、と心の底で笑ってていてほしい、でも、起こってしまったラストは、不可逆的なんだな。


感想
戸塚さんすごいわ。お久しぶりの舞台で、私は涙腺がゆるいのでよく泣くんだけど、泣けなかった。もしかしたら初めて舞台見て泣かなかったかもしれない。それは、なんと言うか、物語を知らないってことと、少し頭が色々考えちゃってたからなんだよね。もう一回見たら泣きます。
で、なんですごいのかって話。それはね、自分に引き込まず力。こっち歩いてきたとき、すごかった。私たちのこと本だと思ってるでしょ……ブレがないんだよ。ハリーなんだよ。私は戸塚祥太を見たんじゃなくて、ハリーを見たんだよ。あっ、これだなって感じた。でも今日のハリーはなんかふわふわしてた。よくわかんないけど、あぁいう話し方をする男は大抵時に隙があって、とっつーはそこをうまく出してた。まるで甘えてるようで、優しくて、可愛くて、少年のようだった。あの時折の甘さは演技なのか、本気なのか、難しいね。
あとひどく知識を総動員した。当時のアメリカ情勢にそれなりに詳しくて助かった。9.11テロの前、革新していかなきゃいけないような雰囲気の中にいる、そんな時に描かれた60年代の男ハリー。成長を拒絶してるような、若さのある彼の愛したのが、図書館で本だったのが、面白いな。ハリーに散りばめられた未来と過去がとても、面白かった。キャラクター性がすごい好きだ。
この舞台、見終わった後に語り合いたいなぁ。もう何時間でも語れるよ~~。面白かったので戸塚担にも、それ以外にも見てもらっていっぱいいっぱい考えてもらいたいです。
わたしはまたハリーのラストに関して考えます。そして、それがハッピーエンドか、バッドエンドかについて、考えて、悩み夢にみようと思います。
「図書館は死んだ」というセリフ、思い出したことがある。中三の時に、未来を考える総合の発表で、わたしは「未来の図書館」を考えたんだ。でも、電子化していく世界の中で、若いわたしはどうすれば図書館が図書館のまま残るだろうかと必死に考えてた。それで、今になって憑依しやがった。図書館は死んだ。わたしは図書館を殺して、その骸を使ってなんとか図書館の形を作り上げようとしたんだなぁと今なら言える。図書館を殺したくなかった、命を守りたかった。この思いが痛いほどわかったのは、昔の総合発表のおかげだと思う。結論を何にしたのか覚えてないけど、わたしは図書館を殺すことしかできなかった。ハリーが守った「命」が、わかってしまう。まぁハリーに突っ込まれたら絶対逆ギレしてたけどね!笑

ハリーが求めた新着図書に愛を込めて。

戯言


自分で行くって決めたんだから、舞台や映画を見る時は、頼むから携帯の電源をオフにしてくれ〜〜


いやもう、高校時代、こっちは「芸術鑑賞会」でそういう人たちは何人も見てきたんだわ。照明が落とされた劇場で、まるでペンラのようにずーーーーーっと光ってる液晶画面、邪魔です。観客が邪魔に思ってるんだから、演者の方々はどう思うか。

で、ずっと思ってんですけど、「芸術鑑賞会」は学校行事で強制だから、そういう人がいるんだなぁと(いるべきじゃないけど)。つまり、ちゃんと自分で決めた人は絶対そんなはずない!とね。

まぁ、その考えも映画館で無事無くなりました。この映画見たくてきたんでしょ、頼むから世界観に浸ろうよ〜……と思いながら、同じ映画見てもおんなじような状況になっていたので、大好きな映画なのに楽しめなかったです。

若者に多いな、とは感じる。んー……いちばんショックなのは、あの200人だけの劇場で、キラッと光る青白い光を見たときかな。おいおいおいおい、どんだけの倍率くぐり抜けてきたと思ってるわけ?と。


まー、スマホは便利よ。いつでもどこでも全世界と繋げる素晴らしい機器。ついつい頼っちゃう気持ち、わかる。

ただ、頼るべきじゃない時も確かにあります。

それをしっかり認識して、区別して、それがやっぱり抜けてるんじゃないかな。


てかせっかく若いうちから芸術鑑賞会させるんだったら、どうしてするのかの意味とか、マナーとかちゃんと教えてほしい。わたしはビビリのビビリだからルールとか調べて、波が立たないようにを務めて生きてるので、守らない人の気持ちが全くわからないので、誰かルールを守らない人の気持ちがわかる人、いい案を考えてください。

せめて、自分が楽しむんじゃなくて周りも楽しむんだという気持ちを持って、一人でも多くスマホの電源を切ることができますように。

私と放課後のプレアデスとA.B.C-Z




星が好き。


めっちゃ。




今までの人生の中でこれでもか、と星と絡んで来てる。放課後のプレアデスも、A.B.C-Z、奇妙な一致というか、必然というか、どちらも星に纏わるものだ。



放課後のプレアデスは、深夜アニメ。

A.B.C-Zは、ジャニーズのアイドルグループ。

一見対照的で共通点もない。ほんとうにない。しかし、何の因果か共通項がある。


放課後のプレアデスとは、簡単にいうと魔法少女ものだが、魔法少女ものではなく、どちらかといえば大変天文学的な作品だ。五人の少女が魔法使いに変身して、かけらを集め、マスコット的立場にあるプレアデス星人「会長」の、宇宙船のエンジンを直す……という話。エンジンのかけらという物質の正体や、彼女らと敵対する謎の少年、そして主人公すばると不思議な関係になる少年「みなと」など、作中にはいくつかの謎がちりばめられており、12話の中でそれらを拾い上げるのだが、その工程がとても丁寧なのが特徴的な2015年のアニメである。

実は、この放課後のプレアデスは今年(2017年)で6周年を迎えるコンテンツだ。それは何故か?プレアデスは2011年の時点でアニメ化されており、YouTubeで配信された。数年の月日を経て、再びアニメ化する際に、深夜アニメという形態に変わったのだ。つまり、多くのファンが、「放課後のプレアデス」を待ち、そして応援していたということである。


一方、A.B.C-Zは今年(2017年)デビュー5周年を迎える。しかし、ユニットを結成したのは9年前、元祖のA.B.Cが生まれたのは2001年と、ファンが「待つ」「待っていた」グループなのだ。


ちなみに、プレアデスの初配信、A.B.C-Zのデビュー日が「2月1日」


また、世間の評価とファン間の評価や、知名度なども似た点がある。A.B.C-Zは今やテレビを筆頭に頭角をあらわしつつある、が、やはりまだどこかに、「知る人ぞ知る」感があるのが、この二つのコンテンツだ。


他にも、たとえばA.B.C-Zは「5stars」五つ星で、プレアデスは六連星だとか、幼馴染2人の関係性だとか、イメソンがこれだとか、あれだとか、あの回を演じてほしかったり、この話をパロディしてほしかったりとか……共通項から発展した独自の式がいくつか生まれてしまう二つなのだ。


何でいきなりこの話をしたのかというと、

6/6(火)『今夜はj's club』に「梶裕貴」さんがゲストでやってくるからだ。

梶くんといえば言わずもがな人気声優。多種多様な作品でお仕事をしている。そう、放課後のプレアデスにも!出演なさってるのだ!!(素晴らしい)

作中で、名前のない「みなとの友人」として出演しているものの、じつは、彼の人気は高く、主人公すばるとその相手みなとをつなぐ大きな鍵となるのが彼であり、最終回でも意味ありげに登場するというじつは大きな役所なのだ。悔しくも梶くんファンの方とこのお話はしたことがない……是非アニメ見てほしい。そして放課後のプレアデスにハマっていただきたい……


話が逸れたが、何はともあれ私の中で「星が導いた」二つ、放課後のプレアデスA.B.C-Zが大なり小なり関わる。

どちらも「最高」が服を着て歩いているようなコンテンツである。少しでも多くの方にこの、最高という気持ちが通じてほしいとそう思ってやまない。





加えて、プレアデスのイベントに今後参加できそうならば、イメソンのイラスト本になるだろうことをここに宣言しておく。とりあえず、謎の少年×『STAR SEEKER』は熱いので、是非お聞きいただきたい。

放課後のプレアデスと、A.B.C-Zに素晴らしい力と希望を与えられる人が一人でも増えたら、と思う。


梶くんにメール出したけど読んでくれないかなぁ……

放課後のプレアデスA.B.C-Zを今後も応援し続けます。


10年前の話


突然だが、わたしは「カントリーロード」が好きだった。図書館の描写が好きだ。

天沢聖司の名前が残っている図書カードが愛おしいくらい大好きだった。


小さい頃から本に触れていたわたしは、本が好きな子どもになり、小学校では積極的に図書館を利用していた。近所の図書館も、移動図書館も利用した。

司書さんに書いてもらう図書カードが嬉しかったが、子どもの頃からシャイな性分のせいで、お母さんに頼むことが大半だった。今思うと勿体無いことをしたと感じる。

ようやく、小学四年生になって、初めて委員会を選ぶことになった。もちろん、迷いなくわたしは図書委員を志願し、長年の思いが叶いようやく図書室に身を置くことができたのだ。


字をそれなりに綺麗に書く努力をして、図書委員の初めての集まりに参加した。司書の机には大量のファイルがあって、図書カードがあったはずの棚がなくなっていた。

仕事内容が書かれたプリントが配られて、愕然とした。「バーコード」「読み取り」「ログイン」の言葉の羅列の意味をわかってしまう自分が嫌になる。よりにもよって、やっと、やっと図書委員になれて本を扱える年に、図書カードが完全に廃止された。

司書さんが、「春休みに頑張って、地域の人と協力して、全蔵書にバーコードを貼ったの」と言っていたのを聞いて、何も言えなくなった。わたしは、上級生よりも早くパソコン操作を覚えて、はじめての貸し出しをやった。でも、嬉しくなかった。

それから、現実と理想が違いすぎたことで、幼いわたしは完全に心が折れてしまい、次第に図書室から足が遠のいた。

ソファーや人気の図書が置かれ、図書室を使う授業でも、退屈することはなくなったが、それでもやっぱりバーコードが許せなくて、本を借りることはなかった。


気付けば、どこの図書館もパソコンで貸し出しを行い、蔵書の検索もパソコンになっていた。慣れない手つきで本を読み取る仲の良い司書を見るのが苦しくて、なるべく目を背けるようになった。どうしてかはわからないけど、多分理想打ち砕かれた瞬間に、何もかもが嫌になったのかもしれない。


そんなことを思い出して、わたしは大学の図書館で、スマホを使い本を検索し、自動貸出機で司書と対面せずに本を借りた。ひどく自己嫌悪してしまう。10年前のわたしが見たらきっと軽蔑するに違いない。


Defiledが呼び起こしたのは、わたしが本に対して抱いてきた幼い頃の思いだ。きっと、本が大好きなハリーに、知らぬ間に入りこんでしまったのかもしれない。

5年前の、図書館への思い、10年前の図書カードへの執着……そして今、わたしはDefiledという演劇に出会った。まるで、ここまでの流れが運命か、何かのように繋がっている。2017年の春に見た、青山クロスシアターでの世界は、確かにわたしの人生に必要なものだったのだ。

伝打伝助を経て、今思える。

わたしは、本が好きで、図書館が好きで、アナログに憧れていた。ハリーの孤独や絶望、そのマイナスの感情を全部救いきれるわけじゃないけど、あの日、観劇中にひどい耳鳴りに襲われたのは、過去のわたしからの熱烈なメッセージだったのかもしれない。