わらび餅食べたい

戸塚くんが好き

Defiled

Defiled 4/27 19:00 観劇


色々考察したり感想書きます。

一つ、ハリーの目録カードへの愛に関して
これは本当に熱く語ってる。伝わる。気持ちがすごく分かるし、頷けるし、面白い。多分それは、わたしが本が好きで、歴史を知っていて、積み重ねを理解できたから。でも、本が好きでなくて、歴史に詳しくなくて、積み重ねよりも、新しく簡単なものを求めてる、ようは上に立つ人間には受け入れられなかった。
手紙のシーンでそれが深く頷けたんだよ。
目録カードに関して、「ただ廃止しないでほしい」という意見を連ねている。ブライアン曰く、社会を知らないとはそのことなんだなぁ。ハリーにとっては、今、コリーがいる狭いアパートが社会で、文句をつけたら、図書館からも追い出されて、目録カードも無くなりそうになる。本当なら、目録カードを廃止しないための案をいくつか出すだろうに、出さない。ハリーの熱い気持ちのほんの数パーセントもその手紙に篭ってない。直談判したところで無駄なんだよね。ハリーは気持ちをちゃんと伝えられなかった。
ブライアンはそれを、わかっていたんだと思う。彼はきっと、書面に書かれた理由や、愛を知りたかった。ただただ高説するハリーを見ても心が揺るがない、社会を知ってるから。
それで、夏目漱石「それから」より、ブライアンが代助で、ハリーが煤煙の男なんだと感じた。(と言っても、煤煙に対して語るシーンのみだが)

ようは、ブライアンには「愛」のなんたるかが届いていない、だから側から見ると「こんなバカなことをするのはやめろ」で「きちがい」で、「くだらない」なんだよ。彼にどんな想いがあったのか、きっと汲んだとしても伝わらない。何度も何度もすれ違いと裏切りのシーンを見せられてわかった。最初から最後まで、ハリーは頭が良くて、でもアウトプットが苦手で、話すのはうまいけど、人の心を動かすことはできない、頭の良い人間なんだ。

二、ハリーとその周辺の人間関係について
これはもうメリンダ、この女に尽きる。
ハリーは愛してた。でもこの男、愛は深いのに伝えられないんだよ。行動でも言葉でも、結婚式をしようと思ったって、そうはいかなかったのは、多分目録カードへの愛と同じ理由だと思う。
自分のテリトリーに残すために出来る限りの事はしたのに、離れていった女がいる。自分への言葉を嘘で固めている。女の気持ちなんてわからない、でも女卑してるわけではない。わかる、全部伝わる。でもね、ハリーの愛はやっぱりどうして伝わりにくいんだね。
ここら辺が演じる戸塚くんもすごい。女に絶望する演技なんて見てられなかった。どんどん理想が崩れていくの、おんなじ状況が目録カードでも起こってるから。ハリーは本当に生き辛そうだな~…とか。思う。
次は姉、姉との会話。やっぱりここもハリーはハリーなんだよ。ここで重要なのは「どっちかしかない」ってこと。ハリーはこの後ブライアンに言われて気付くだろうけど、どっちも、はない。それがわかった瞬間に「じゃあ死ぬしかないな」って思うわけだよね。ここスッキリしたなぁ。なるほど~~って感じ、そうか、だからあの行動になるのか、ってところ。
催眠術師の女、これ、誰かのツイートがブログで見たけど「ハンサムにして」って言うのは、メリンダへの後ろめたさが見えた。別れて、催眠術を受けたのはすぐか、少し後か、あ、クリスマスカードを一度開けた時、その後かな。メリンダの旦那、かっこよかったんだな。たいそうな顔と言われても、メリンダの旦那を知らないブライアンにはわからないってこと。
アパートのコリーに関しては、これもコンプレックスとか後ろめたさの表れの一つかも。コリー…コリーはスコットランド原産だからイギリスを連想させてくれる。ハリーが糾弾していた「アメリカナイズ」のものたちに対して、ハリーが認めてるものがイギリスなのが良い。
ユダヤの家系についてなんだけど、これわかる人いるのか?多少知識があってよかったとは思った。ここら辺、アメリカっぽいよね。ハリーの存在がどれだけ現実離れされてるものかの象徴的シーンだと思う。ユダヤ人は利口。要は頭が良い。ハリーのセリフでも出てきたけど、多分踏襲してるんじゃないかな。ユダヤ教かつ無神論者。実は、無神論的考えは割と最近のイメージだから、宗教観に囚われてないハリーは、目録カード、アナログへの深い愛を語ってるけど、その考え方自体は当時のアメリカには割と最新鋭だったんじゃないかな?と思う。勝手に思ってる。ユダヤのことを語ると長くなるんだけど、このシーンで「礼拝堂で母を感じる、だから行く」って言うの、ユダヤ教信者じゃなくて、息子として、って言うシーン。個人的にめちゃくちゃ痺れた。大好きなシーンの一つかもしれない。何しろ、母が読んでくれた本を、大好きな本を、命日に母を感じたいと礼拝堂で息子として祈るハリーが、爆破させようとしてるんだから。

三つ目、ラスト
それで、全てを見て改めて、ラストが好き。二度と見たくないしもう一度見たいラストだった。
ハリーが最後にテクノロジーを恨む描写、あれはもうバッドエンドの極み。自分が死ぬのは、拳銃で撃たれたせいで、本は死ななくて、目録カードはゴミの山にもってかれる。最後の最後まで、テクノロジーを恨んで、憎んで、許さずに死んだ。
結果はハリーの望み通りだったけど、ハリーはそれを目で見てない。テクノロジーは、最後まで彼の敵であることができた。
かつ、ハリーはもしかしたら自分の死を通じて「目録カードを残す」運動が生まれるかもしれないと、希望も持てる。でも、何もなくなってしまった。アヴェ・マリアがいい味を出すな。ここで、ユダヤが出てくるんだよね……マリア、聖母はキリスト教の象徴だから、決してハリーのためではないんだよ。ただ、母からの愛ではある。あ~演出がうますぎるなぁ。
ラストは本当に素晴らしかった。もちろん解釈としてハリーの気持ちが届いたってのもありだけど、やっぱりハリーはテクノロジーを恨んでいたし、結局最後には、アナログが勝つじゃないか、と心の底で笑ってていてほしい、でも、起こってしまったラストは、不可逆的なんだな。


感想
戸塚さんすごいわ。お久しぶりの舞台で、私は涙腺がゆるいのでよく泣くんだけど、泣けなかった。もしかしたら初めて舞台見て泣かなかったかもしれない。それは、なんと言うか、物語を知らないってことと、少し頭が色々考えちゃってたからなんだよね。もう一回見たら泣きます。
で、なんですごいのかって話。それはね、自分に引き込まず力。こっち歩いてきたとき、すごかった。私たちのこと本だと思ってるでしょ……ブレがないんだよ。ハリーなんだよ。私は戸塚祥太を見たんじゃなくて、ハリーを見たんだよ。あっ、これだなって感じた。でも今日のハリーはなんかふわふわしてた。よくわかんないけど、あぁいう話し方をする男は大抵時に隙があって、とっつーはそこをうまく出してた。まるで甘えてるようで、優しくて、可愛くて、少年のようだった。あの時折の甘さは演技なのか、本気なのか、難しいね。
あとひどく知識を総動員した。当時のアメリカ情勢にそれなりに詳しくて助かった。9.11テロの前、革新していかなきゃいけないような雰囲気の中にいる、そんな時に描かれた60年代の男ハリー。成長を拒絶してるような、若さのある彼の愛したのが、図書館で本だったのが、面白いな。ハリーに散りばめられた未来と過去がとても、面白かった。キャラクター性がすごい好きだ。
この舞台、見終わった後に語り合いたいなぁ。もう何時間でも語れるよ~~。面白かったので戸塚担にも、それ以外にも見てもらっていっぱいいっぱい考えてもらいたいです。
わたしはまたハリーのラストに関して考えます。そして、それがハッピーエンドか、バッドエンドかについて、考えて、悩み夢にみようと思います。
「図書館は死んだ」というセリフ、思い出したことがある。中三の時に、未来を考える総合の発表で、わたしは「未来の図書館」を考えたんだ。でも、電子化していく世界の中で、若いわたしはどうすれば図書館が図書館のまま残るだろうかと必死に考えてた。それで、今になって憑依しやがった。図書館は死んだ。わたしは図書館を殺して、その骸を使ってなんとか図書館の形を作り上げようとしたんだなぁと今なら言える。図書館を殺したくなかった、命を守りたかった。この思いが痛いほどわかったのは、昔の総合発表のおかげだと思う。結論を何にしたのか覚えてないけど、わたしは図書館を殺すことしかできなかった。ハリーが守った「命」が、わかってしまう。まぁハリーに突っ込まれたら絶対逆ギレしてたけどね!笑

ハリーが求めた新着図書に愛を込めて。